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大阪地方裁判所 昭和23年(行)57号 判決

原告

西野トシエ 外八名

被告

福泉町農地委員会

主文

原告等の被告堺市第三地区農地委員会及び福泉町農地委員会に対する訴はこれを却下する。

原告等の被告国に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

請求の趣旨

被告堺市第三地区農地委員会が原告等先代西野真夫所有の別紙第一物件表記載の各土地に対してなした買収計画及び被告福泉町農地委員会が右原告等先代所有の第二物件表記載の各土地に対してなした買収計画はこれを取り消す被告国は右買収計画が未確定であること及び右買収計画に基く各行政処分が、執行力を有しないことを確認せよ。訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、その請求の原因として、

被告堺市第三地区農地委員会は原告等先代西野真夫所有の別紙第一物件表記載の各土地に対し被告福泉町農地委員会は右原告等先代所有の別紙第二物件表記載の各土地に対しそれぞれ農地買収計画を樹立したので原告等先代は被告両農地委員会に対しそれぞれ異議の申立をしたがいずれもその異議申立を却下されたので更に大阪府農地委員会に対しそれぞれ訴願の申立をしたが同委員会はいずれも右訴願棄却の裁決をした。しかしながら(一)被告両農地委員会の右各買収計画、異議却下決定及び大阪府農地委員会の訴願棄却の裁決はいずれも不適法で無効である。(二)本件買収計画には次のような違法がある。すなわち(イ)別紙第二物件表記載の土地中には原告等先代の自作地を小作地と誤認して買収の対象としているものがある。(ロ)本件各土地はいずれも自作農創設特別措置法第五条第五号の「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に該当するから買収より除外すべきである。(ハ)本件各土地の実測面積は公簿面積に比べて著しく広いのに公簿面積で買収している。(ニ)本件各土地は前記法律第六条第三項但書に定むる特別の事情による特別の価格を有するのにこの特別の事情を無視して公定価格で買収している。以上の理由から本件各買収計画はいずれも違法な行政処分として取消さるべきである。かように本件各買収計画は法律上無効であるか又は取消さるべきであるにもかかわらず大阪府知事は既に買収令書を交付し売渡手続を進行しようとしているので被告国に対し右各買収計画が未確定であること及びこれに基く各行政処分の執行力のないことの確認を求める必要がある。なほ原告等先代西野真夫は昭和二十三年三月十三日死亡し原告トシエはその配偶者、原告美智子、昌子、真次郞、南貞子はいずれもその直系卑属としてこれを相続した。よつて原告等は被告両農地委員会に対しては本件各買収計画の取消、被告国に対しては本件各買収計画の未確定及びこれに基く各行政処分の執行力のないことの確認を求めるため本訴提起に及ぶと陳述し、被告堺市第三地区農地委員会主張の日に原告等先代が右買収計画に対し異議の申立をしたことは認める原告等先代が被告福泉町農地委員会に対し異議申立をしたのは昭和二十二年十月二十日であると陳述した。

被告両農地委員会訴訟代理人は本案前の答弁として主文第一、三項同旨の判決を求め、原告等先代は被告堺市第三地区農地委員会の樹立した買収計画に対しては昭和二十二年八月二日、被告福泉町農地委員会の樹立した買収計画に対しては同年十月九日それぞれ異議の申立をしたのであるから遅くともその時迄には右買収計画を知つていたものと認められるから昭和二十二年十二月二十六日法律第二百四十一号による改正自作農創設特別措置法附則第七条第一項本文により同改正法施行の日から一ケ月以内である昭和二十三年一月二十六日迄に訴を提起しなげればならないのに同年三月二十日提起した本訴は出訴期間継過後の訴として不適法として却下すべきである。と陳述し、本案の答弁として「原告等の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、別紙第一物件表記載の土地の中堺市大字鶴田町八十一番地一、田八畝七歩、同市大字踞尾本町千九百七十四番地一、田一反四畝(被告堺市第三地区農地委員会買収計画の分)及び別紙第二物件表記載の土地の中大阪府泉北郡福泉町大字大平寺字井堀三百十二番地一、田一反二畝十六歩(被告福泉町農地委員会買収計画の分)について原告等主張のような不適法又は違法な事実があることは否認する前掲三筆以外の物件については本案の答弁をしないと述べた。

被告国訴訟代理人は主文第二、三項同旨の判決を求め、答弁として被告国に対する原告等の本訴請求が(一)本件各買収計画、各異議却下決定及び各訴願棄却の裁決か不適法であることを理由として本件各買収計画に基き既に行われ又は将来行わるべき各行政処分の無効確認を求めるにあるとすれば、原告等の主張するように、かりに買収及び売渡手続が進行しても、行政訴訟において買収計画取消の判決が確定すれば原告等は法律上終始本件各土地の所有権を失わなかつたことに確定するからその際原告等が本件各買収計画及び爾後の手続の進行によつて受けた損害について被告国に対し損害賠償の訴を提起するは格別、あえて買収手続進行の途上において被告国に対し本件各買収計画に基く各行政処分の無効確認を求める法律上の利益はない。又(二)本件各買収計画の無効確認又は取消の訴提起に際し本件各買收計画に基き既に行われ又は将来行わるべき各行政処分の執行停止類似の効果を求めるにあるとしても買収及び売渡手続の進行により原告等に何等回復することのできない損害を生ずることはないから、かかる執行停止類似の効果を求める法律上の利益を欠くものである。又以上いずれの場合においても将来行わるべき行政処分の執行力のないことの確認を求めることかできないことは事柄の性質上当然である。よつて被告国に対する原告等の本訴請求は失当として棄却すべきであると陳述した。

理由

先ず被告両農地委員会に対する原告等の本訴請求について審按するに、原告等先代が被告堺市第三地区農地委員会が別紙第一物件表記載の各土地について樹立した買収計画に対し昭和二十二年八月二日に異議の申立をしたことは当事者間に争のないところであり、被告福泉町農地委員会が別紙第二物件表記載の各土地について樹立した買収計画に対しては同年十月二十日に異議の申立をしたものであることは原告等の自認するところである。そうすると原告等先代は遅くともその時迄にそれぞれ右買収計画があつたことを知つていたものと認められるから昭和二十二年十二月二十六日法律第二百四十一号による改正自作農創設特別措置附則第七条第一項本文により同改正法が施行された昭和二十二年十二月二十六日から一ケ月以内である昭和二十三年一月二十六日迄に訴を提起しなければならないのに本件記録上明白なように同年三月二十日提起された本訴は出訴期間経過後の訴として不適法として却下すべきである。もともと昭和二十二年五月三日施行された民事訴訟応急措置法第八条によつて一般的に行政庁の違法処分の取消又は変更を求める訴(いわゆる行政訴訟)が認められてから昭和二十三年七月十五日施行された行政事件訴訟特例法第二条により行政訴訟における訴願前置主義の原則が明定される迄の間にあつては行政庁の違法処分に対して不服のある当事者は行政庁に対し異議訴願の申立をして行政庁の監督作用による行政処分の取消又は変更を求めるのと裁判所に対し訴を提起して裁判による行政処分の取消又は変更を求めるのと二個の法律上の救済手段を有し当事者は随時その一方を選択し又は双方を併用することができたのであるから、たとえ当事者が一方において行政庁に対し異議訴願の手続を執つていたとしても行政訴訟の出訴期間は異議訴願の手続が終結する迄進行を停止することなくこれとは関係なく独立して進行すると解するのが正当である。けだし行政訴訟における訴願前置主義の原則は論理的必然性を有するものではなくむしろ立法政策上の問題であるから行政事件訴訟特例法第二条によつてこの原則が確立される以前において当然にこの原則が行われていたものと認めることはできないからである。かく解することによつて行政庁に対する異議訴願の成行に信賴して訴の提起をしなかつた当事者が出訴期間の経過によつて行政訴訟の途を失うという酷な結果を生じるように見えるけれども右当事者にはなほ法定期間内に訴願の裁決に対し訴を提起する手段が残されているのであるから必ずしも国民の権利保護に欠くるものとはいえない。そして原告等主張の日に原告等先代が死亡し原告等がそれぞれ配偶者又は直系卑属としてこれを相続したことは被告両農地委員会の明らかに争わないところであるから、被告両農地委員会に対する原告等の本訴は出訴期間経過後の訴として不適法として却下しなければならない。

次に被告国に対する原告等の本訴請求について審按するに、およそ正当な権限を有する行政機関が行つた行政処分は一応適法な行為と推定せらるべきであるから、右行政処分は他の適法な権限を有する行政機関の行政処分又は裁判所の判決によつて取消又は変更される迄は有効であり当然無効ということはあり得ないから右行政処分が成立と同時に執行力を有することは当然であり又行政処分に対して異議訴願又は行政訴訟によつて右行政処分の取消又は変更を求めることができる限り右行政処分が形式的確定力を有しないこともまた当然である。

原告等は被告両農地委員会の農地買収計画、原告等先代の異議申立に対する却下決定及び大阪府農地委員会の訴願棄却の裁決はいずれも不適法で無効であると主張するけれどもいかなる点に不適法があるか具体的主張のない本件においては原告等の主張を認めるに由ない。そうすれば本件各買収計画は被告両農地委員会が正当な行政機関として行つた行政処分として、正規の手続において取消又は変更される迄は有効なものとして執行力を有することは明白であり、又本件訴訟の係属によつてまた形式的確定力を有しないこともまた明白であるから被告国に対して本件各買収計画の未確定であることや右各買収計画及びこれに基く各行政処分の執行力のないことの確認を求めることはそれ自体無意味に帰着する。そして原告等主張の日に原告等先代が死亡し原告等がこれを相続したことは被告国の明らかに争わないところであるから、被告国に対して本件各買収計画の未確定であること及び右各買収計画に基く各行政処分の執行力のないことの確認を求める原告等の本訴請求は何等法律上の利益がないからその理由がないものとしてこれを棄却しなければならない。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文の通り判決する。

(山下 相賀 神余)

(目録省略)

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